読書感想文『アメコミヒーローの倫理学』

 

アメコミヒーローの倫理学 10人のスーパーヒーローによる世界を救う10の方法

アメコミヒーローの倫理学 10人のスーパーヒーローによる世界を救う10の方法

 

『アメコミヒーローの倫理学(原題:Superhero Ethics)』

その名の通り、アメリカン・コミックスに登場するお馴染みのヒーローを倫理学的に読み解く本と聞けば、ヒーロー好きとして、そして学生時代に哲学を学んだ身としては読んでおきたい1冊。

 

2019年3月の翻訳出版以降、アメコミファンの間でも物議を醸しているようなので、本の紹介と個人的な感想を書き留めておきたい。

 

まず本の構成をざっくり。

文中の言葉を使うと

どのヒーローが「称賛に値するか」をテーマに、筆者が選んだ10人のキャラクターを2人ずつ比較して勝者を判定し、最後に最も称賛に値するヒーローを決定する。

となるのだが、少し語弊があるので誤解を与えないよう補足をすると

ヒーローの倫理学的要素を抽出、比較しながら、現代社会(特にアメリカ)で生きていく人々が手本として採用すべき倫理的理想像を探っていく。

あたりが妥当かと思う。

数十年の歴史と様々なメディアで描かれてきたキャラクターを、最大公約数的な大衆イメージとして対象化しつつも、具体的場面においてどのような行動を取るのかはコミックから最新の映画まで引用するという、キャラクターの行動規範を炙り出す作業は、(それが充分だったかは置いておいても)ゾッとするほどである。

この筆者、政治哲学者である以上にコミックオタクである。

 

本論の対戦カードは以下の通り。

第一章 ハルク VS ウルヴァリン
第二章 グリーン・ランタン VS アイアンマン
第三章 バットマン VS スパイダーマン
第四章 キャプテン・アメリカ VS ミスター・ファンタスティック
第五章 ソー VS スーパーマン

組み合わせについては違和感を抱く部分もあったが、どのカードも「共通点」から出発していることを考えると合点が行く。
例えば第三章の組み合わせ、慣例的にバットマンに対置されるのはアイアンマンであることが多い中で、筆者は一見比べづらそうなスパイダーマンを挙げる。しかし、「行動規範が責任感にある」という共通点を始点に、社会的特権の有無、治安維持の手法など、徐々に相違点を以ってお互いの倫理的性格を輪郭付けていく流れには思わず唸ってしまった。

各章で勝者を選び、さらに最終章にて最後の一人を決めるわけだが、この本の主題においては勝者を決定すること自体には意味がない。おそらく筆者も、半分はエンタメとして、もう半分は議論の結びとして筆者の考えを提示する意味で勝敗をつけているだけであって、その行為に意味があるとは思っていないだろう。
現に結論の章では、読者一人一人の立場や主義によって採用すべき理念が異なることを認めている。

 

コミックファンとしても哲学徒としてもぼくが筆者に対抗できそうにないのは明白だが、正直言って議論には賛成できない部分も多々あった。「トニー・スタークが世界を守るのは自分の財産のため」という言説にはちゃぶ台を返しそうになったが、コミックにしろアニメや映画にしろ、しょっちゅうそんな展開をやっている以上、「概念としてのトニー・スターク」がそう抽象されるのは仕方のないことかもしれない。
(あと、執筆時点では筆者はインフィニティ・ウォーまでしか観ていない。)

選ばれたキャラクターが総じて古めなのも、知名度に加えて、歴史の浅いキャラクターでは抽象化が難しいためだろう。

一つ残念だったのは、議論が筆者の独擅場で進んでしまったところ。
本なのだから当然といえば当然なのだが、スーパーヒーローという思考実験にもってこいの題材がありながら、読者に考えるスペースを与えず、筆者の解釈と評価だけを提示されるのは辛いものがあった。

 

とまあ、色々いちゃもんもつけてしまったが、れっきとした政治哲学者がその著作の中で大々的にスーパーヒーローを論じたことは、大変意義のある試みだった。その手法も、粗い部分はあれど、間違ったものではなかったと思う。

日本では哲学という分野がスピリチュアルなものと誤解されているきらいがあるが、この本を機に、ヒーローの倫理的側面が活発に議論されると嬉しい。

 

感想:なんの能力がなくとも、ヒーローの生き様から自分の生き方を見直せるような人間でありたいと思いました。

 

 ●関係がありそうでないただぼくの好きな本を紹介するコーナー

日本の漫画を哲学的に(こっちは倫理学的というより存在論的に)読み解く本。
こういうのがお好きな方は是非。

マンガは哲学する (岩波現代文庫)

マンガは哲学する (岩波現代文庫)